08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
MENU

NEW ARRIVAL

PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

東寺と対で出来た「西寺」は、草の中に礎石だけが残っている





西寺跡


 東寺から西へ進むと…

 東寺を参拝しても、その西にある「西寺」に行く人は、ほとんどいないでしょう。
 もちろん、「西寺」といっても、それは跡地になっていて、東寺のような大伽藍があるわけではありません。それでも、町名に「西寺町」といったものが残っていたりするのも、京都らしいところです。

 西寺町「西寺町」の町名

 東寺から九条通を西に進み、七本松通を北に曲がってしばらく行くと、唐橋小学校があります。小学校の北側に公園があり、その中に西寺跡の碑があります。

  西寺跡「史蹟 西寺阯」碑


 平安京の官寺「西寺」

 平安京が置かれた後、中央を通る朱雀大路に開かれた羅城門を挟んで、東に東寺、西に西寺が対称的に設置されました。
 その規模はほぼ同じで、南大門-中門-金堂-講堂-食堂が並び、金堂や講堂の回りには僧坊が配されていました。他に、塔や宝蔵などがあります。

 西寺跡
  西寺の伽藍配置(現地の案内板より)

 西寺の場合、五重塔の位置などが東寺と反対なのが分かります。
 
 西寺は、東寺と同様に平安京が置かれて以降、伽藍の建設が進められ、およそ830年頃には主な建物は完成していたと考えられます。
 東寺が弘法大師に与えられ、真言密教の拠点となっていったのに対し、西寺には僧綱所が置かれたり、天皇を供養する国忌が行われるなど、鎮護国家の寺として栄えました。

 しかし、天暦元年(990)に火災に遭い、その後、ある程度は再建されたようですが次第に荒廃し、鎌倉時代の天福元年(1233)には残されていた五重塔も焼失。以降の様子は、よく分かっていません。


 土の壇が残る史跡

 現在、唐橋小学校の北にある唐橋西寺公園を訪れると、写真のような小さな丘があります。

 西寺跡
  西寺跡の土壇

 これが、西寺の建物の土壇跡といわれています。この土壇は、地元では「コンド山」と呼ばれているといいます。建物の基壇としては余りに高いのですが、後世に松尾大社の神輿を練り上げるために、盛土されたものだそうです(『京都府の歴史散歩 中』)。

 ここで注意したいのは、この「コンド山」という表現。当然、「金堂山」と思いますよね。実際、大正時代に考古学者の梅原末治氏が調査報告された際、これを金堂跡とされています。
 この場所が史跡指定されたのは大正10年(1921)なので、当時はここが金堂跡と思われていたのでしょう。

 戦後になっても、ここは閑散とした場所だったようです。
 川勝政太郎『京都古蹟行脚』(1947)にも、「ここから[羅城門跡から]更に二町行つて北に入ると、人家の間の空地に土壇が残つてゐる。ここが西寺址(史・弘仁)である。壇には草生ひ二三の雑木の立つてゐるのもわびしい」と記されています。

 昭和27年(1952)頃の様子。

 『京都史跡名勝紀要』より西寺址
  『京都史跡名勝紀要』より

 今は、この石碑と、運ばれてきた3つの礎石が置かれています。

 西寺跡
  礎石のひとつ


 戦後の発掘で伽藍配置が判明
 
 西寺跡は、昭和34年(1959)から昭和63年(1988)まで30年にわたって発掘調査が行われました。その結果、伽藍配置もほぼ判明しています。

 それによると、「コンド山」と呼ばれていた土壇の場所には、講堂がありました。
 その南方、公園南側の道路あたりに金堂が建っていました。さらに南、唐橋小学校の校地の中に中門や回廊があり、校地南側の道路のあたりに南大門がありました。
 また、講堂の左右や背後には僧坊があり、公園の北側道路の先には食堂が造られていました。
 このように伽藍部分でも、かなり広大な範囲に及んでいたわけですが、さらに北側には政所院や花園院などが建てられていたわけで、その広壮さは想像に余りあります。
 東寺と同じ規模だったのですね。

 京都の地図を見て、現在の東寺の範囲をもとに、西寺の規模をイメージしていただければと思います。

 西寺跡
  西寺跡に残る礎石

 あの東寺ですら、現在は中門、回廊、僧坊などが失われて、がらんとした境内です。西寺に至っては、民家が立ち並んで往時をしのぶのが難しい状態です。
 それでも、伽藍配置図などをもとにイメージすると、平安京にあった寺院のありさまに思いを致すことができるでしょう。




 西寺跡(国史跡、唐橋西寺公園)

 所在  京都市南区西寺町
 見学  公園内は自由
 交通  市バス西寺前、または九条七本松下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 川勝政太郎『京都古蹟行脚』臼井書房、1947年
 『京都史跡名勝紀要』京都市役所卯、1952年
 『平安京提要』角川書店、1994年
 『京都府の歴史散歩 中』山川出版社、2011年


スポンサーサイト

コメント

非公開コメント