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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS朝日「京都ぶらり歴史探訪」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

【大学の窓】恒例の史跡見学は、東寺、羅城門跡…





東寺大師堂


 大学で担当する演習では、日本史専攻の1回生80名ほどを5名の教員で分担しています。

 毎年、春学期に1回、秋学期に1回、現地見学会を行っています。

 秋は、年によって違う場所を訪れていて、昨年は宇治(萬福寺、三室戸寺など)でしたが、歩く距離が長かったと、教員にも学生にも不評だったようです。みんな歩きませんからね……

 今年は、東寺とその周辺を訪ねました。

 東寺慶賀門
  集合は、東寺の慶賀門

 日曜日に実施するため、参加者は60名ほど。いつもそうなんですが、必ず“無断欠席”する学生がいるんですね。連絡用の電話番号を伝えているけれど、今回も6、7名、連絡なしで来ませんでした……

 東寺では、東寺宝物館の学芸員さんのご案内で、宝物館、大師堂、講堂、金堂、五重塔、さらに観智院と、フルコースで拝観させていただきました。
 約2時間半を費やしましたが、少し時間は不足気味でした。

 そのあと、西へ歩いて……向かったところは。

 羅城門跡

 羅城門の跡!

 今は公園になっており、隣にはマンションが建っています。
 平安京の入口にあたる大きな門ですが、昔をしのぶよすがはありません。柵に囲まれた石碑(明治28年[1895]建碑)だけが建っています。

 林屋辰三郎先生の『京都』(岩波新書)を見てみると、おもしろいことが書かれていました。

 このあいだもA新聞社の企画による共同討論の会で、梅棹忠夫・多田道太郎・加藤秀俊の三氏とともに、羅城門再建論に華をさかせたことがある。
 それはおりから再建ブームにのった「お城」を主題とした時であった。
 (中略)
 政治・社会・文化のあらゆる面が中央の画一主義でぬりつぶされつつある現在、お城こそはそれに対抗する地域主義の偉大なシンボルではないのか。(中略)その都市の歴史を理解さすための、歴史博物館にするという案である。
 そしてその最後に京都という都城のために、ぜひ羅城門を再建せよという意表をつく提案がなされた。日本の建造物で、ラショウモンほど世界に知れわたっているものはない。もとより映画の宣伝力によるものだが、これを再建して京阪国道か名神高速道路からの京都への入口にし、内部は王朝の生活、風俗を再現した博物館にするというのである。
 この羅城門が再現された暁、平安京はこの地域によみがえり、新しい京都の千年の繁栄を約束するであろう。すでに明治の京都には、平安神宮の社殿に平安京の宮城の大極殿・応天門の縮小模型を用いるという、観光むきのかなり思い切った智慧があった。羅城門の再現はおそらくそれにつぐヒットとなるであろう。(『京都』50-51ページ)

 
 昭和37年(1962)に書かれた文章です。「映画の宣伝力」とは、もちろん黒澤明監督の「羅生門」(1950)の国際的な影響力のことでしょう。

 しかし、その後、羅城門は再建されませんでした。現在では、再建するスペースすらないでしょう。
 でも、今このプランを読むと、案外いいかも、と思ったりもします。

 見学会は、このあともう1か所訪れたのですが、その史跡については回を改めて書きたいと思います。

 羅城門跡
  羅城門跡での見学風景




 羅城門跡

 所在 京都市南区唐橋羅城門町
 見学 自由
 交通 市バス「羅城門」すぐ


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