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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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【新聞から】瓦の葺き替え進む東本願寺





未来への百景 重なり合う瓦と英知 - 東本願寺 - 日経 2013年10月7日付夕刊


 東本願寺


 10月の紙面から始まった日本経済新聞の「未来への百景」。修復工事中の東本願寺が取り上げられました。
 屋根に並べられた、葺き替え準備中の瓦が写されています。

 ご承知のように、東本願寺では、すでに御影堂の修復を終え、阿弥陀堂の修復に入っています。竣工は2年後の2015年末の予定です。

 東本願寺
  修復中の阿弥陀堂(左) 右は御影堂

 記事によると、これから2年がかりで瓦の葺き替えを行うといいます。その数、10万8000枚。建物の重量は3000トンですが、そのうち4割強の1250トンが屋根の重さだそうです。通常、寺院の瓦屋根では葺土を置いて、その上に瓦を配置しますが、今回は桟木に釘で留める方法を採用しています(空葺工法)。これで、400トンの減量が図れるそうで、画期的です。
 ちなみに、御影堂の瓦は17万5000枚となっています。

 御影堂、阿弥陀堂は、ともに明治28年(1895)の建造ですが、当時は三河地方(愛知県)から約30万枚の瓦を用意しました。今回も、愛知や岐阜、奈良で瓦を焼いています。

 東本願寺
  志納所 「一人一人のおちからで御修復を」とある

 志納所には、瓦も展示されています。

 東本願寺

 これは軒丸瓦。

 東本願寺

 「本願寺」の文字は、石川丈山の字だそうです。

 東本願寺

 ところで、記事は「次の大修復は100年後か200年後か」と締めくくっていますが、そもそも木造建築の修復スパンは何年くらいのものなのでしょうか?

 村田健一氏によると、例えば法隆寺金堂は次のような経過をたどっています。

 【法隆寺金堂】
 ・680年  建立
 ・995年~1003年  半解体
 ・1374年  修理
 ・1603年  半解体
 ・1952年  解体

 江戸初期から昭和戦後の解体修理まで、350年の隔たりがあります。

 滋賀県の桑実寺本堂の場合です。

 【桑実寺本堂】
 ・1334~91年  建立
 ・1576年  修理か
 ・1640年  半解体
 ・1716年  半解体
 ・1896年  修理
 ・1983年  解体
 
 14世紀の建立から約600年の間に、4~5回の大きな修理を行っています。

 京都の例をみると、三十三間堂が次のようになっています。

 【三十三間堂】
 ・1266年  再建
 ・1433年~ 大修理
 ・1592頃  大修理
 ・1649年~ 大修理
 ・1930年~ 解体修理

 大きな修理のスパンは、およそ170年-140年-150年-280年となっています。

 三十三間堂は建築されてから約750年、法隆寺になると約1330年です。驚くべき寿命の長さで、日本の木造建築の特徴をよく示しています。
 東本願寺の修理で、屋根の重量を軽くするのも、軸組への負担軽減によって建物を長生きさせる工夫といえます。日経新聞の記事が示すように、寺社修復にも深い「英知」が込められているのです。




 【参考文献】
 『御影堂御修復のあゆみ』真宗大谷派(東本願寺)、2012年
 村田健一『伝統木造建築を読み解く』学芸出版社、2006年


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