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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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きょうの散歩 - 夷川ダムと北垣国道像 - 2012.9.20

洛東





夷川ダム


 岡崎公園から西に向いて疏水が流れています。流れに沿って東大路を越えたところに、大きな池のような場所があります。ここが夷川ダムです。

夷川ダム 夷川ダム

 私の父は子供の頃、「踏水会」という水泳学校に入っていて、ここでよく泳いだそうです。戦前のこととは思いますが、のんびりしていたんですね。踏水会は今もありますけれど、その沿革を調べてみると、明治29年(1896)に大日本武徳会遊泳部として始まったそうですから、この場所は武徳殿(現・京都市武道センター)のすぐ西で、好都合な場所だったのでしょう。

 向う岸に銅像が建っています。

北垣国道像

 北垣国道という京都府知事を務めた人物の銅像です。
 北垣は、天保7年(1836)、但馬国養父郡(現在の養父市)に生まれ、明治維新後は官吏として実力をつけ、明治14年(1881)に京都府知事に着任しました。その任期は11年半に及び、その間に琵琶湖疏水の実現(明治23年竣工)など京都の近代化に貢献しています。
 夷川ダムには発電所が設けられていますが、これは大正時代に完成したものです。この場所は、彼の銅像が建つのにふさわしいところといえるでしょう。

 銅像は明治35年(1902)に建立されましたが、戦時中の金属供出で一旦失われました。疏水百周年の平成2年(1990)に再建されたそうです。台座は当時のものといいます。

 明治時代の知事像が、子供の水泳をじっと眺めているさまを想像すると、なんとなく微笑ましくなりますね。

北垣国道像 北垣国道像

戦前の北垣国道像 戦前の北垣国道像


戦前の北垣国道像 
『京都名勝誌』掲載の北垣国道像(上の写真は部分拡大)
「石壇の高さ一丈四尺・銅盤の高さ一尺・銅像の高さ一丈、毅然たる厳容の中に温乎たる風丯を存し、左手に疏水測量地図を持てる貌、長へに市民景仰の的たるべし」とある




 夷川ダム

 *所在:京都市左京区聖護院
 *見学:自由
 *交通:京阪電車丸太町駅より、徒歩約5分
 


 【参考文献】
 『京都名勝誌』京都市役所、1928年
 塵海研究会編『北垣国道日記「塵海」』思文閣出版、2010年
 



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