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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS朝日「京都ぶらり歴史探訪」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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深草から宇治につながる八科峠は、秀吉が御香宮神社を移した地

伏見




八科峠


 本町通を南に進むと…

 以前、三条大橋から伏見稲荷に到る大和大路~本町通について紹介しました。 詳しくは、こちら ⇒ <大仏餅に伏見人形、大和大路~本町通も、古きをたずねるとおもしろい>

 京都市街から伏見稲荷までは、昔の感覚でいうと1里くらいでしょうか。では、本町通をそのまま南に進むと、どこに行くのか? 気になるところです。

 実は、その先は宇治街道とも呼ばれる道で、峠を越えて宇治へ、さらに大和(奈良)へ続く道でした。
 今回は、そのルートの入口にあたる峠道を紹介してみましょう。


 スタートは藤森神社

 伏見稲荷から約2km南に進むと、藤森神社に到ります。神社の中を抜けて、南参道から外に出ます。

 藤森神社
  藤森神社 南門

 そこから東に向かって進み、JR藤森駅に突当ったら、右に進んで、踏切を渡ります。

 八科峠
  JR奈良線 踏切

 ここから先は住宅が立ち並び、絶えず自動車が行き交うものの、道自体は如何にも古い峠道という雰囲気を漂わせています。

 八科峠


 貝原益軒も紹介した八科峠

 この峠道が、八科峠です。「やじな」峠と読みます。
 江戸前期の儒者・貝原益軒の著書に「京城勝覧」という書物があります。益軒は、各地を旅して多数の紀行文を残しています。たぶん健脚だったのだろうと、私は勝手に想像していますが、歩いた行程を丁寧に記録しています。
 その経験や知識を京都ガイドに仕立てた本が「京城勝覧」です。
 「京城勝覧」の特徴は、見物すべき京名所を1日ごとに紹介していることです。つまり、今日1日何里歩いたら、これこれの名所が見られる、というスタイルなのです。

 その第5日は、宇治見物にあてられています。
 益軒が、京から宇治へ向かう順路として紹介しているものは、ひとつは醍醐から六地蔵を経由して行くもの。いまひとつが、ここで紹介する藤森神社からスタートするコースです。
 「京城勝覧」では、藤森神社を出ると、すぐに「矢島嶺[とうげ]」と記されています。これが八科峠です。
 読みは、もちろん「やじま」峠ですが、「やじま」と「やじな」は相通じるものがあります。

 ここで、黒川道祐「雍州府志」を見てみましょう。道祐も「矢嶋峠」と記し、その語源を説明しています。

 豊臣秀吉公、伏見の城に在りし時、矢嶋氏の館舎、斯の傍らに在り。故に之れを号す。

 豊臣の武将・矢島氏の館があったので、それが名の由来としています。由来譚のひとつとして考えておきましょう。


 秀吉が移転させた場所、“古御香宮”

 この峠を登ってゆくと、こんもりとした森が見えてきます。

  古御香

 左右にある石灯籠。

  古御香

 銘によると、天保14年(1844)に建立されたもののようです。
 ここが、いわゆる「古御香(ふるごこう)宮」です。

 これも江戸時代の地誌「山城名跡巡行志」には、この「古御香ノ宮」が紹介されています。
 おおむね書かれていることは、次の通りです。

 古御香ノ宮は、この村の北の端の東方にある。鳥居と社殿は西向きである。文禄3年(1594)、豊臣秀吉が伏見山の城を築いたとき、御香宮をこの場所に移した。その後、徳川家康が慶長8年(1603)に元の場所に戻した。今ここは御旅所となっている。古宮は、今なお残っている。(大意)

 要領よくまとめてあります。
 御香宮神社は、もとは伏見九郷のうちの石井村にありましたが、秀吉が伏見城を築城する際、大亀谷の八科峠に移転させられました。一説には、城の鬼門を守るためとされています。
 しかし、のちに家康によって、慶長10年(1605)に現在地に戻されました(慶長8年説あり)。その後、八科峠の場所は御旅所になったのです。
 実際、写真の江戸後期の灯籠にも「御香宮/御旅所」と刻されていますね。

  古御香

 坂道になった参道は、雰囲気があります。

 古御香

 今は小さな社殿のみ。
 毎年10月の御香宮神幸祭では、神輿の渡御があるそうです。


 峠の上には石碑が

 元の道に戻り、少しずつ上って行くと、峠会館という建物を過ぎて、八科峠に到ります。
 
  八科峠
  「八科峠」の石碑

 この峠は、標高95m程度で、さほど高くはありません。それでも藤森神社のあたりが約35mですから、60mほど上ったことになります。
 一方、ここから先(東側)は、たいそう急な坂道になっていて、六地蔵まで一気に下って行きます。

 八科峠
  八科峠の東側。この先が急な下りになる

 なお、峠の脇上には、黄檗宗の寺院・仏国寺があります。このお寺については、またの機会に紹介できればと思っています。

 八科峠は、現在ではその名を忘れられた存在ですが、自動車の往来は激しく、今なお峠の役割を果たしているように見えます。




 八科峠

 所在 京都市伏見区深草大亀谷
 見学 古御香宮とも自由
 交通 JR藤森下車、徒歩約15分



 【参考文献】
 『京都叢書』各巻、1915年
 『雍州府志』岩波文庫、2002年



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