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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS朝日「京都ぶらり歴史探訪」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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きょうの散歩 - 三条通の古い店舗 - 2013.8.25





 三条通


 土曜日、日曜日と、京都文化博物館で某セミナーに出席。連日あいにくの雨ですが、土曜の気温は28℃で、ついに真夏日にすらなりませんでした。ほっとひと息。

 文化博物館は三条通に面しているので、行き帰りも三条通を歩いていきます。
 いま三条御幸町角の TULLY's COFFEE で休憩中。

 このカフェは素敵で、北に三条通が見えるうえ、東は美しい近代建築、1928ビル(旧毎日新聞京都支局)が望めるという、絶好の立地にあります。

 三条通は、趣きのある老舗や旧銀行などの近代建築が並んでいて、道路も拡幅を免れたために昔の雰囲気が感じられますね。
 
 先日、林屋辰三郎先生の『町衆』を読んでいたら、冒頭に三条通の話が出てきました。
 この本は、私が生まれた頃に刊行されているので、もう半世紀近く前(1960年代前半)の状況が語られています。
 俗謡の詞に出てくる「三条の糸屋」を探していた林屋先生は、糸屋は見つからなかったものの別の店を見出します。

 しかし、みなさん、糸屋が見つからなくても気をおとすことはない。三条河原町西入北側の角から五軒目に、糸にゆかりのふかい「みすやはり」の古い看板が軒に懸っている。「みすや」は近世のはじめには「翠簾屋[みすや]」と書いており、ずっとむかしは御簾[みす]を商っていたのかもしれないが、元禄のころにはすでに縫針の店として知られていた。近松門左衛門作『浦島年代記』にも「高麗モ、唐土モ及バジ、京羽二重ノ御所染、みすやばり、手縫箔」と書いてある。

 思えば古い店舗で、いまだにむかしながらの屋号のもとに裁縫具や京土産をならべており、こんにち「みすや」は針の代名詞にさえなっている。近代化された店先にも伝統的な看板がよく似あって、京都らしいたたずまいである。そこで私は、この針屋の向いに糸屋を空想して、ようやく満足するのである。

 「みすや」の東隣りには、古くから知恩院に出入りしたという仏具屋さんがある。その店の奥の通路には「大仏師」の暖簾が懸り、寛永の年号のある大仏師補任の口宣案がなにげなく掲げられている。寛永といえば、なお桃山の気分が漂っていた時代、鎖国のおこなわれた時代、そして本阿弥光悦も俵屋宗達も生きていた時代のことである。「大仏師」のまた東隣りには「そろばんや」という本屋さんがあり、この店にも、その屋号のとおり、むかしながらの「御算盤師」という暖簾が懸っていた。

 こうして京の三条河原町という近代的都心にも、寛永・元禄の雰囲気をまざまざと伝えた屋並がある。大名よりも商人たちの町、伝統と近代の渾然ととけあった町、それが京都の歴史と現代のほんとうの姿であろう。(『町衆』5-6ページ)


 ここには、半世紀前の三条通の姿から感じ取った林屋先生の歴史像が語られています。
 付け加えることはないのですが、今朝見たこの界隈の様子を掲げておきましょう。
 みすやも「大仏師」の老舗も、すでに建て替えられています。

 三条通
  河原町三条西入ルの三条通

 三条通
  「大仏師 創業元亀三年 吉田源之丞老舗」

 三条通
  みすや針の看板は二連

 三条通
  「本家 みすや御はり 福井藤原勝秀」

 みすやの看板は二連で少しばかり古そうですが、大仏師のものは新しく作られたものです。
 みすやには奥にも看板が上っているのですが、朝早くてまだ見られませんでした。
 
 『町衆』の写真では、二連の「みすや御はり」看板の間に、下の写真の突出し看板が掲げられていました。

  三条通
  みすやの突出し看板

  三条通
  看板の龍の彫物

 みすやもビルになってしまって、1階には均一ショップが入って随分感じが変わりましたね。
 でも、看板だけは健在というところでしょう。

 こんな通りですので、ごく最近(今年?)できたお店も昔風です。

 三条通
  たい焼き店

 やはり、町の歴史は積み重ねですので、古いものが形を変えながらも何とはなしに現在へと続いているのですね。

 雨は、ますます強く降っています。




 【参考文献】
 林屋辰三郎『町衆』中公新書、1964年


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