10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
MENU

NEW ARRIVAL

PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

いつの時代もマナーは大事じゃ

洛東




「花洛名勝図会」より三十三間堂


 三十三間堂の扉にある “しみ” の正体は?

 幕末の名所を紹介した「花洛名勝図会」を眺めていて、ふと気付いたのです。

「花洛名勝図会」より三十三間堂
 「花洛名勝図会」巻7より「三十三間堂後堂射前之所」

 以前にも取り上げたことがある三十三間堂の西庇の図。
 4、5人の侍が縁の上を歩いてきます。そして、“ここが、かの有名な「通し矢」を射るところじゃ”などと、名物・通し矢の話に花が咲いています。
 ところが、その目の前にある扉。今日のテーマは、こちらです。

 「花洛名勝図会」より三十三間堂

 扉に何か、黒いぐねぐねとした線が数本画かれています。

 「花洛名勝図会」より三十三間堂

 左扉も同様で、こちらはちょっと点々ぽくも見えます。

 勘のよい方は、もうこれが何か気付かれたことでしょう。


 大仏の鐘楼にも

 違った場所でも確かめてみることにしましょう。

 方広寺。
 三十三間堂の北、大仏で有名だった寺院です。その大きな釣鐘は今も健在。

方広寺鐘楼
  方広寺鐘楼

 こちらが「花洛名勝図会」の挿図です。

「花洛名勝図会」より大仏鐘楼
 「花洛名勝図会」巻7より「大仏鐘楼東面より望むの図」

 いまのように柵はないので、大勢の人が鐘見物に群がっています。
 その画面の端の方、太い柱をよく見てみると……

「花洛名勝図会」より大仏鐘楼

 明らかに、文字が書き付けられていることが分かります。
 
 そう、これは落書きなのです。

 じっくり見ると、女性の頭の右上には、おそらくは「江戸深川住」という住所と、たぶん「明伊てる人」という名前が記されています! まあ「あかるい てるひと」は言葉遊びですけれども、はっきりと住所、氏名ですね。

 いつの時代も、訪問年月日、住所、氏名を書くのが定番です。
 先ほどの三十三間堂の扉の“しみ”も、やはり落書きなのでした。現在と異なり、縁の上を自由に歩けたのですから、筆記具である矢立てを持っていれば、簡単に落書きできます。

 実は私は、変な趣味ですが、寺院の落書きを見るのが愉しみなのです。
 建物の扉や壁をよく観察すると、墨書による文字やその痕跡が発見できます。差し障りがあるので名前は伏せますが、有名な建物でも無数の落書きが記されているものもあります。それらの一つ一つをじっくり読んでいくと、参詣に来た往時の人々の息遣いが伝わってきます。

 三十三間堂も、堂内で探すと結構書き付けられていることが分かるでしょう。
 そして、興味深いのは、こちら。

 三十三間堂
  三十三間堂の北妻側の落書き

 北の妻側の板壁に、このような墨書があります。

三十三間堂
 拝観口から入ってすぐのところ。松の木の後ろあたりに書かれている

 堂の下から眺めると少々高い位置ですが、縁の上で書いたとすれば納得できます。

 「膳所家中/上坂三郎」と読めます。

 近江・膳所藩(現在の滋賀県大津市)の藩士が書いたものです。上坂三郎がどんな人物なのかは残念ながら分かりませんが、近江から所用で京へ上った途次、三十三間堂に参拝した際に落書きしたのでしょう。
 少なくとも150年以上前のものですから、すでにもう文化財の一部になっています。

 5年ほど前にも、イタリア・フィレンツェの大聖堂に落書きをした日本の大学生がいてニュースになり、さらにイタリアの人々が「寛大」な対応を取ったということで話題になりました。
 国内の寺社を見る限り、良くも悪くも、落書きは日本人の旅の「文化」だったようです。それが現在まで続いているともいえます。
 落書きを礼賛するわけではありませんが、寺社などを参詣した際に、人はなぜ落書きをするのか? その意味を少し考えてみた方がよい気がします。それもまた、信仰のひとつの形と捉えることができるかも知れないからです。
 私たちは何事にも「近代的」な尺度によって善悪を判断しがちですが、落書き=いけない行為と決め付ける思考には慎重であらねばなりません。

「花洛名勝図会」より三十三間堂

 といっても、文化財愛護の観点からは、やっぱりよろしくない行為であるのは確か。
 この中に上坂三郎殿がおられるかどうか定かではありませんが、文化財保護上は許されない行為なので、くれぐれもなさらぬように。




 三十三間堂(蓮華王院)

 所在 京都市東山区三十三間堂廻り町
 拝観 大人600円ほか
 交通 京阪電車七条駅下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 「花洛名勝図会」1864年
 

スポンサーサイト

コメント

方広寺の落書

いつも楽しみに拝見しています。大阪皇陵巡拝会道標がないのはちょっとさびしい。
方広寺の鐘楼の落書ですが「明伊てる人」は「同行十壱人」ではないでしょうか。「花洛名勝図会」は一種の愛読書なのですが,こういう落書きがあるのは初めて教えられました。

ありがとうございます

伊東 宗裕 様

記事ご覧いただき、ありがとうございます。
方広寺の落書き、おっしゃるように読むのがよいかも知れません。改めて仔細に検討したいと思います。
皇陵巡拝についても、ご論考に拙論を引用いただき、ありがたく存じます。平素そちらの展示や刊行物も拝見して、勉強させていただいております。今後とも、よろしくお願い申し上げます。

非公開コメント