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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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絵馬堂が意外におもしろい!(1) - 上御霊神社 -





上御霊神社


 リアルな競走馬の絵も

 神社に行くと、絵馬を奉納した絵馬堂(絵馬所・絵馬舎・絵馬殿)がありますね。
 いまは休憩スペースになっていたりして様変わりしていますが、いまだに古い絵馬を掲げているところも多いですし、変わった絵馬が見られるところも。

 たとえば、藤森神社。

藤森神社の絵馬

 実にリアルな競走馬の絵馬がいくつも掛けられています。さすがに「勝運と馬の神社」と自称するだけのことはあります。5月の藤森祭の駈馬信神事も勇壮ですよね。

 上御霊神社 上御霊神社

 さて、上御霊神社にやってきました。ここにも絵馬所があります。

上御霊神社

 こちらも地元の方の休憩所のようになっていますが、内外に数多くの絵馬が掛けられています。たとえば、このような騎馬武者像。

上御霊神社

 江戸時代のものもありますが、退色が激しく、絵柄も見えづらい状態です。
 明治以降、戦後までのものでは、奉納謡の額が多いですね。

 絵馬堂がおもしろいのは、何百年という歴史の蓄積が「絵馬」というモノによって具体的に目に見えること。古い絵馬から真新しい扁額まで、区別なく掛けられているところが愉しいのです。
 ですから、一枚一枚に脈略がありません。こんなのもあれば、あんなのもある、という感じ。この上御霊神社で異色に見えたのは、この一枚でした。

上御霊神社

上御霊神社

 甲冑を身にまとい、弓を持った古代の武人。さて、誰なのか?

 額をよく見ると、「紀元二千六百年記念」「昭和十五年六月 愛国婦人会室町分会」とあります。愛国婦人会は、国防婦人会とならぶ戦時期の女性銃後団体。室町は、このあたりの地区を指しています。
 そして紀元二千六百年は、ご承知の通り、起点が神武天皇の即位ですから、絵柄からみてこれは「神武東征」の図。人物はもちろん神武天皇ということになります。

 下の絵は、明治30年(1897)刊行『畝傍山』の表紙。中央が神武天皇で、弓の先に金鵄が留まっています。

「畝傍山」

 さて、絵馬ですが、見るからに近代の歴史画という趣きで、甲冑や装束、持ち物は考証されているようでもあります。手に持っているのは、須恵器の杯でしょうか。
 気になるのは、誰が描いたかということ。頼りになるのは落款ですが……

上御霊神社

 なんとか気力で読んでみると…… 上の印には「加藤」とあり、下は文字面でいえば「頴泉」(えいせん)と読めます。

 果たして、調べてみると、加藤頴泉という画家が京都にいました。名前は修というそうなので、上の印の左側は「修」なのでしょう。残念ながら事績はよく分からないのですが、しっかりした絵を画かれていますから、当時は名の通った人だったのかも知れません。

 ちなみに、額は寺町高辻(下京区)の「中村美工堂」製と記してあります。こちらは、現在も営業されており、ウェブサイトもあります。

 紀元二千六百年に画かれた絵。皇国史観そのものを表しているようでもあり、それが神社の絵馬所に奉納されるのも時代性を表しています。この絵馬所で、この一枚だけが際立っていて、とりわけ「加藤頴泉」という画家のことが気に掛かって仕方ありません。また少し調べてみましょう。



 御霊神社(上御霊神社)絵馬所

 *所在:京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町
 *拝観:境内自由
 *交通:地下鉄鞍馬口駅より、徒歩約3分



 【参考文献】
 大和田建樹『日本歴史譚 第二編 畝傍山』博文館、1897年




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