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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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京都観光、80年前はどこへ行く?

寺院




『鉄道旅行案内』


 大正のベストセラー『鉄道旅行案内』

 旅のお伴に旅行ガイドブック、というのは、昔も今も変わりません。

 明治時代以降のガイドブックについてみると、明治、大正頃までは写真が入らない(あるいは口絵だけにしか写真がない)ものが一般的ですが、昭和初期にもなると本文中にも写真が挿入され、よりヴィジュアルになってきます。
 全国をカバーする案内書のベストセラーは、明治後期から定番化した『鉄道旅行案内』でしょう(冒頭の写真)。これは、鉄道省(のちの国鉄)が編纂した“官製”のガイドブックです。ただ、『鉄道旅行案内』は、大正時代がブームの中心なので、写真ではなく吉田初三郎の鳥瞰図や挿絵が売り物だったのです。

『鉄道旅行案内』
  『鉄道旅行案内』大正15年版の挿絵(京都の部分)

 こちらは京都の一部分ですが、舞妓さん、大原女、高山彦九郎(三条大橋畔)、大石蔵之助(祇園&山科)、天智天皇(御陵)など、古風なモチーフを描いています。


 谷口梨花の京都観光の印象

 その『鉄道旅行案内』の編集に携わっていた人に、谷口梨花(たにぐち・りか)という人物がいます。自著としても、博文館などからガイドブックや随筆をたくさん上梓しています。代表的な著作のひとつに『汽車の窓から』があって、大正7年(1918)から版を重ねたガイドブックとして、これもベストセラーになりました。西南部編と東北部編の2冊構成で、「車窓から見ゆる景観」に着目し「車中に於ける無聊を慰むる」目的で出版されたものといいます(同書例言)。

 即ち車窓に於てこの書を繙けば、其車窓より見ゆる景観が、旅行者の目に活きて来る訳である。山川風物皆意義を有[も]つて車窓の人の目に映ずる訳である。

 もちろん、「汽車を下りて案内する」ことも忘れず、沿線ごとに全国をカバーする旅行案内書となっています。

 「京都と其附近」については、47ページも割いて紹介されています。駅でいうと、山科と京都。「大阪及附近」が24ページですから、かなり大きな扱いです。
 ここでは梨花の京都観光についての感想をみてみましょう(適宜改行しています)。

 京都の見物には幾日かゝるか、夫[それ]は見物する人の心々である、只一通りの見物で済まさうとするには三日位でも好い、五日あれば充分だ、しかし充分に落ついて見物するには、如何[どう]しても十日なくては出来ぬ、歴史的に美術的に、研究的態度で調査しかゝると、それは又一月や二月でも足りぬ。

 と、いきなり物凄いことを言い始める梨花。
 一般の観光客は、三日で精一杯でしょう。
 そして、彼は、ある時の京都旅行の実際について述べ始めます。

 私は嘗[かつ]て東京を午後四時発の急行列車に乗つて、翌朝午前五時半に京都に著し、同夜九時京都発の急行列車で、翌朝九時半に東京へ帰つたことがある、即ち土曜の午後に発つて月曜の朝帰つた訳だ、娘を同行して京都の概念を与へるためであつた。

 娘さんも大変……

 私達は京都に著くと直に汽車で嵐山に急いだ、十一月の十二日で紅葉にはちと早かつたが、静な朝景色をしんみりと味はつた、茶屋もやうやう起きたばかりで、綺麗に箒目を立てゝ居た。嵯峨から又京都へ引返して駅で朝食をして、今度は奈良行の汽車に乗つた、桃山御陵に参拝する為である、御陵を拝し乃木神社に詣でて、又京都へ引返したのが十一時、夫から市中を見物した。

 そして、ようやく京都の市街に入ります。

  先づ東西本願寺を見せて、七条通りから三十三間堂近くまで電車で行き、其処から東山一帯の名所を見せて清水で昼食、南禅寺から引返し、平安神宮を見て御所を拝した時はもう日の暮々、電車で新京極に行つて夕食、祇園から四条通りをぶらついて、汽車の時間を計つて停車場に帰つた、
 これでもやはり京都見物である、つまり東京から土曜日曜にかけても見物が出来るのだ、若し二日休みが続けば奈良へ廻つても好い訳だ。


『汽車の窓から』より嵐峡
 谷口梨花が訪ねた嵐山(『汽車の窓から』より)

 たいへんな強行軍なのですが、昔の人(江戸時代も明治以降も)は、“早回り”が普通です。大正時代ですから、こんな感じなのでしょう。
 新ためてまとめると、こんな旅行でした。

 【第1日=土曜日】
  夜行列車で、東京から京都へ。
 【第2日=日曜日】
  早朝5時半、京都着。
  嵐山へ。
  京都駅へ戻り、朝食。
  午前、桃山御陵、乃木神社。
  11時、東本願寺、西本願寺、東山一帯を観光(三十三間堂、清水寺など?)
  清水で昼食。
  午後、南禅寺、平安神宮、京都御所。
  夕方、新京極で夕食。
  祇園、四条通を散策、京都駅へ戻り、9時の夜行列車に乗車。
 【第3日=月曜日】
  午前9時半に東京へ戻る。

 正味1日の観光ですが、嵐山と桃山御陵へ行って、あとは東山界隈の散策、および平安神宮と京都御所です。
 1日にしては、盛りだくさんですが、さすがに慌ただしく真似したいとは思いませんね。


 京都観光のモデルルート

 大正から昭和初期でも、京都観光のモデルルートは、たくさん提示されています。
 今回は、現在のJTB(当時の日本旅行協会=ジャパン・ツーリスト・ビューロー)が刊行した『旅程と費用概算』(1935年)からピックアップしてみましょう。この本も、JTBの推薦コースですから、一般的な選択が示されています。

『大京都誌』より京都駅
  京都観光の出発場所・京都駅(先々代の駅舎) (『大京都誌』より)

 まず、遊覧自動車による1日観光です(京都遊覧自動車による)。
 午前8時と9時に京都駅出発。1巡8時間で「婦人案内人附」、つまりバスガイドさんが同行します。大人3円50銭なので、現在の感覚で7000円くらいでしょう。
 コース表には“車窓観光”も含めて記載されていますが、ここでは下車して見学する場所だけ列記してみます。

 ・桃山御陵、桃山東陵、乃木神社
 ・伏見稲荷神社
 ・豊国神社、大仏殿
 ・三十三間堂
 ・清水寺、新高尾、音羽ノ滝
 ・八坂神社、円山公園
 ・知恩院
 ・平安神宮
 ・銀閣寺
 ・梨木神社
 ・御所
 ・北野天満宮
 ・金閣寺
 ・西本願寺、東本願寺
 ・嵐山

 本当に1日で回れるのか不思議です。
 桃山御陵、乃木神社、梨木神社(祭神:三条実美ら)といったコースが、時代を感じさせます。
 ちなみに、現在の京都定期観光バスの1日コースは、平安神宮、嵐山(散策あり)、金閣寺、清水寺ですから、3~4倍のボリューム? といえるかも知れません。現在のお値段は6,460円で、80年前とほぼ同じなのがおもしろいです。

 『旅程と費用概算』には、2日、3日のコースも紹介されていますが、3日かけると市街に加えて、鞍馬、比叡山、愛宕山まで、ほとんどの名所を回れる設定で驚かされます。


 『大京都誌』の観光

 昭和7年(1932)に『大京都誌』という書物が刊行されましたが、ここでも京都の観光について1章を割いています。

 まして京都のやうに名勝と古蹟に埋つたやうな所は、遽[にわ]かに考へるとそれからそれへと気が移つて、どうもよい日程が立ちにくい。さりとて筆者が勝手に日程をつくつて、この順にご覧なさいと申したのでは、上戸に羊羹をお勧めするやうな場合があらうも知れない。
(中略)
 併し筆者の経験から申せば、余り観光能率に重きを置かれた結果何処へ行つても納得の行くほど観た所がなく、至るところで急き立てられた点だけが印象を残してゐる。読者諸君も二度と京都へ来ないと誓ひを立てゝ観光される訳でもあるまいから、一概に数を貪るといふよりも、今度観た所は此の次に省いてもよいやうに、多少ゆつくり御覧になる方がよろしくはあるまいかと思はれる。


 と、ユーモラスに至極もっともな注意を加えて、次のようなプランを記しています。

 【1日日程】
 (甲)夜行列車で、早朝京都に着くプラン
 ・東本願寺
 ・三十三間堂、博物館、豊国神社、耳塚、大仏(方広寺)
 ・西大谷
 ・清水寺
 ・高台寺
 ・東大谷
 ・円山公園、八坂神社
 ・知恩院、青蓮院
 ・疏水インクライン
 ・南禅寺
 ・岡崎公園、平安神宮
 ・京都御所
 ・下鴨神社
 ・金閣寺
 ・北野神社

 先ほどの注意とは打って変わって、1日で回り切れるか心配なボリュームです。ただ、おおむね東山中心なので、もしかすると可能かも?

 (乙)前日一泊するプラン。三条大橋から出発
 ・疏水インクライン
 ・南禅寺
 ・岡崎公園、平安神宮
 ・北野神社
 ・金閣寺
 ・下鴨神社
 ・京都御所
 ・東本願寺
 ・三十三間堂博物館、豊国神社、耳塚、大仏(方広寺)
 ・西大谷
 ・清水寺
 ・高台寺
 ・東大谷
 ・円山公園、八坂神社
 ・知恩院、青蓮院
 ・西本願寺

 回る順序が違うだけで、ボリューム満点なのは変わりありません……

 同書にも、遊覧バスによる観光ルートが紹介されています。観光地は、先の『旅程と費用概算』にほぼ同じなので省略し、コメントだけ引いておきましょう。

 筆者も本書を草するために、内々一度実験を試みたが、案内婦人の説明も、専門家ならぬ一般観光客に対しては、先づあの位の辺でよからうと肯かれる。ほめてよいところはチツプ厳禁といふ風紀の厳粛ぶりと、指定食堂がこれも風紀のよい信用の厚い家である等で、
(中略)
総案内箇所は驚く勿れ殆んど八十、車上説明観覧五十有余、下車観覧が二十四五箇所といふ大盛りである。


 やはり当時でも、案内箇所が多くて驚嘆だったのでしょう。
 
 今では80年前の観光法を真似するわけにもいきませんが、できればゆっくりと味わって観光してほしいと願うばかりです。




 【参考文献】
 鉄道省『鉄道旅行案内 大正15年版』博文館、1926年
 谷口梨花『増訂 汽車の窓から 西南部』博文館、1918年
 日本旅行協会『旅程と費用概算』博文館、1935年
 野中凡童編『大京都誌』東亜通信社、1932年


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