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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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大仏餅に伏見人形、大和大路~本町通も、古きをたずねるとおもしろい

洛東




伏見人形


 三条大橋、大和大路をスタートして…

 前回、大和大路について取り上げました。その界隈も、興味深い話題が尽きないのですが、せっかく大和(奈良)へ至る街道ですから、少し歩いてみてはいかがでしょうか。

三条大橋
  三条大橋

 旅のスタートは、やはり三条大橋。
 東海道の起点、終点であり、往時から旅籠なども多かった場所です。三条京阪のターミナルを南に出ると、もう大和大路。通称「縄手通」です。

縄手通
  縄手通


 白川に架かる大和橋を渡ると、すぐに四条通です。
 そこから五条通までは約1km。意外に近いんですよ。

 少し前まで、四条通を下がったところに、確か大和会館という近代建築の雑居ビルがあったのですが、(おそらく)2012年に取り壊されてしまいました。昭和初期頃の建物でしたが、残念です。
 大和大路の左手には建仁寺がありますので、寄ってみてもよいかも知れませんね。

建仁寺
  建仁寺


 本町通は、かつては商家の賑わい

 五条通より先は、西(鴨川寄り)に本町通がありますので、そちらを歩くとよいでしょう。

本町通
  本町通

 本町通は、伏見に至ることから「伏見街道」とも呼ばれます。その両側の町は「本町」ですが、1丁目から22丁目! まである南北に長い町で、約3kmにわたります。南端が東山区の南の端(伏見区との境)になっています。

 稲荷大社や伏見の町に至るにぎやかな街道筋だったので、さまざまな商家が軒を連ねていました。江戸後期の「京羽二重大全」には、次のような商売が記されています。

 菓子屋、油屋、酒屋、筆屋、馬借、鍔[つば]屋、やすり屋
 扇屋、からくり人形司、大仏餅、道具屋、薬屋、墨屋、茶屋
 籠屋、きせる屋、楊枝屋、紙屋、合羽[かっぱ]屋、大工道具
 棟屋、鎌鍛冶、火打ふくろ、竹枝、土人形、地黄煎、種物類
 くつわ、瓦師

 実に多種多様です。


 「大仏餅」が名物!

 なかでも一番有名なのは「大仏餅」でしょう。これは、大仏の鎮座した方広寺の前にあった餅店です。本町通四丁目にありました。
 「都名所図会」(1780)には、「其味[あじわい]美にして、煎[にる]に蕩[とろけ]ず、炙[あぶる]に芳して、陸放翁が炊餅、東坡が湯餅におとらざる名品なり」と、中国・南宋の詩人である陸游と、北宋の蘇東坡の名まであげて称賛します。
 幕末の「花洛名勝図会」(1864)は、「其味ひ美にして、煎に蕩けず、炙に芳しく、浪花の虎屋饅頭と相伯仲す。遠近に名高く洛東名物の一なり」と、ほぼ「都名所図会」を引きながら、平易に大坂の虎屋と比較するところが愉快です。

 「花洛名勝図会」より大仏餅店
  「花洛名勝図会」の大仏餅店

 江戸時代の看板は、時代劇などとは異なり、店から道路に向かって垂直に掲出されていました。ところが、大仏餅店の看板は、通りと並行に掲げられています。これが珍しく、また立派な唐破風を付けていることから、著名な看板でした。その文字は、妙法院の堯然法親王が揮毫したとも言われ、格が高いと考えられていたのです。
 絵では、よく読めませんが、短い水引暖簾には「洛東名物大仏餅」と書かれ、これは池大雅の筆といいます。
 奥で、杵で餅を搗いているのがリアルですね。

 と、長々と説明しましたが、この餅屋さんは今はなくて、想像するだけなのが残念です。


 伏見には「伏見人形」

JR東海道本線

 七条通を過ぎてしばらく行くと、本町通はJR東海道本線にぶつかります。やむを得ず、跨線橋で線路を越えて歩を進めましょう。

 往時の一の橋、二の橋などの跡を通って南下すると、一軒の商家が……
 これが先ほどの史料にもあった、かつての「土人形」を商う店です。

伏見人形の丹嘉
  丹嘉

 伏見人形の老舗「丹嘉(たんか)」。寛延年間(1748-51)の創業。幕末頃には合わせて50軒ほどの窯元があったといいます。

 伏見人形というと、稲荷ゆかりの狐のほか、代表的な饅頭喰いや布袋さんなど、多様な人形があります。ただ、京都や大阪の遺跡から出土する江戸時代のものを見ると、素朴で小さなものが大半ですが、種類は今日以上に豊富です。こどもの玩具や土産物、お飾りなどとして重宝されたのでしょう。

 都名所図会より伏見人形
 「都名所図会」の伏見人形

 こちらは「都名所図会」に描かれた伏見人形売りの様子。路傍に床几を出して土人形を並べています。奥に、大ぶりな狐と布袋さんが立っています。手前は、宝珠のようなものなど、小ぶりの品が置かれています。こどもから通りすがりのお侍まで、みんなに人気のようです。

 丹嘉を過ぎると、ほどなく伏見稲荷大社です。

伏見稲荷大社
  伏見稲荷大社

 三条からここまで、5kmほどの行程です。
 意外に近く、休日のウォーキングとしても好適なのではないでしょうか。




 本町通(伏見街道)

 所在 三条大橋~伏見稲荷大社(京都市東山区~伏見区)
 行程 徒歩で約5km
 交通 京阪電鉄三条下車



 【参考文献】
 「都名所図会」1780年
 「再撰花洛名勝図会」1864年
 日本歴史地名大系27『京都市の地名』平凡社、1979年
 田中緑紅『京の京の大仏っあん』京を語る会、1957年
 『ビジュアル・ワイド 京都の大路小路』小学館、2003年 



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