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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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【新聞から】伏見稲荷に田んぼがあった!? - 田植祭行われる -

伏見




伏見稲荷神田


 「輝く水田、五穀豊穣祈る
  伏見稲荷大社で『田植祭』」
  京都 2013年6月11日付


 京都を代表する古社のひとつ、伏見稲荷大社。
一昨年に鎮座1300年祭も終え、その由緒を示したところですが、京都新聞は6月10日に「田植祭」が行われたことを報じています。

 伏見稲荷

 広さ3.3アール(100坪)の神田で、「すげ笠をかぶり、あかね色のたすきをかけた早乙女ら約30人が、苗を丁寧に植えた」そうです。
 秋の「抜穂祭」で、約150kgが収穫される予定といいます。

 伏見稲荷に参拝する方は、本殿にお詣りすると、千本鳥居のある三ケ峰を巡られるでしょう。
 ところが、本殿の北東奥に、ひっそりと田んぼがあることは余り知られていません。これが「神田」です。
 「稲荷」という名があるように、餅を射たところ峰に稲が生じたという秦伊呂具の説話から、穀霊への信仰があります。

 新聞に報じられた田植祭は、古くは永正14年(1517)に行われたという記録があるといいますが、永らく廃絶し、昭和天皇の即位記念として昭和5年(1930)に復活されました。当時の神田は京都府向日市寺戸町で、境内の現在地に移ったのは昭和23年(1948)ということです。
 
 神事としては、4月12日に苗代に種もみをまく「水口播種祭」が行われ、6月10日に田植祭が執行されます。収穫の抜穂祭は10月25日で、稲わらは翌月の火焚き祭で焚かれます。

伏見稲荷神田

 写真は、いずれも2011年11月13日に撮影したもの。
 抜穂祭を終え、稲わらが掛けられている風景です。
 男性数名が作業しています。ずっと見ていなかったので作業内容は不明ですが、お火焚きの直後なので、稲わらを片付けるところなのでしょう。

伏見稲荷神田

 こじんまりとした田んぼですが、商売繁盛の大もとには五穀豊穣への信仰があるということを具体的な形で表している存在です。昭和になって再興させたというところがなかなか興味深く、信仰を視覚化するという点でおもしろい事例でしょう。

 なお、伏見稲荷大社については、こちらの記事もご覧ください。 ⇒ <社号も変われば、社殿も変わる -伏見稲荷大社->




 伏見稲荷大社

 所在 京都市伏見区深草藪之内町
 拝観 境内自由
 交通 JR稲荷駅下車、すぐ



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