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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

【大学の窓】卒業式のシーズンに思う

大学の窓




大学


 はかま姿の女子大生も

 先日、街を歩いていたら、袴姿の女子大生を見掛けて、もう卒業式シーズンか、と思いました。

 そう言えば、私が非常勤で行っている上京大学(仮称)も、毎年、昨日今日あたりが卒業式なんですよね。
 もっとも、私自身は卒業式に出るわけもなく、ただニュースなどで、○○大学の学長の祝辞がこんなふうだった、という記事を読む程度です。

 大学の卒業式は、学位授与式、つまり学部なら「学士」という学位を与える式ということです。
 戦前では、学士というとちょっとしたエリートでしたが、今では大学を卒業しても、自分が「○○学士」になったという実感すらないでしょう。

  煉瓦校舎


 4年間での成長

 私の非常勤の授業は、1回生(1年生)が受講生です。演習なので、ふつうの授業より近い距離で接することが多いかも知れません。歴史研究のやり方を初めて実践してもらう入門編的授業です。
 
 いつも気掛かりなのは、この学生たちが4年間大学で学んで、どう成長していくのか、ということです。
 毎年毎年、1回生ばかり教えているので、専任の先生方のようにその成長を追っ掛けていくことができません。なので、彼らの2年後、3年後がとても気になるのです。

 まぁ、常識的に考えて、4年も在籍していれば成長して当たり前、ということで、疑問を持つ方がおかしい。
 と言いつつ、気になるのが “親心” かも知れない……と思います。

 実は、自分の本職(博物館の学芸員)でも、近年、若い人にお話しするとか指導するとかいった機会が増えてきてるんですね。
 自分が年を取った証拠ですが(苦笑)、若い人を育てるということに少し責任感みたいなものすら感じるようになってきました。困ったなぁ、というのが偽らざる気持ちです。

 椅子

 私にとって、1月から3月というシーズンは、新学期を控えて「教育」というものに関心が高まるシーズン。
 いつもこの時期になると、書店の棚の前で教育や授業の本を探してしまう――そういう季節です。

 ところが、今年はなぜかそのような感じが薄くて、不思議です。
 もちろん、昨年の授業がうまくいったから、ではなく……、なんでしょうか、少し割り切れたのかも知れません。

 ただ、今年度ひとつよかったなということがあったのです。
 年に1回、みんなで本を読んで感想を述べ合う時間があります。私の選んだ書物は、石牟礼道子の『苦海浄土』でした。水俣病を取り上げた小説です。

 これは、初めて選んだものでした。
 そのため、学生の感想がどうなのか、少し不安でした。
 結果的には、みんな水俣病に関心を持ってくれ、企業と地域・公害の関係などについて、いろいろ思いをめぐらせてくれたようでした。

 年度末に授業の感想を問うアンケートで、このことを取り上げている学生がいました。
 彼は九州の出身だったと思いますが、『苦海浄土』を読んだことで水俣病に強い関心を抱き、ぜひ水俣にも足を運んでみたいと書いていました。

 こういう声は、とてもうれしいですね。
 授業というのは、文字通り、何を授けるかが問われるのだと思います。その意味で、今年授けたひとつ『苦海浄土』は、我ながらよいチョイスだったなと安堵しました。

 という間に、新学期まであと10日。
 また考えないといけませんね。 



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【大学の窓】給付型奨学金が、もうすぐ始まる

大学の窓




京都大学


 ひとり月2万円~4万円

 大学時代に借りた奨学金を返せない若者が増えている、という状況をうけて、国は新年度から給付型奨学金、つまり返さなくてもよい奨学金を導入することになりました。

 もちろん、すべての学生に給付されるわけではありません。
 住民税非課税世帯の学生に限られるということで、比較的所得の低い世帯を救済する制度になっています。

 また、そのすべてに給付されるのでもなく、各学年2万人に限定。金額も、国公立か私立か、自宅生か非自宅生かで給付額が異なり、2万円から4万円の幅があります。
 仮に月4万円もらっても、年額48万円ですから国公立大学でさえ学費の全額はまかなえないことになります。


 5割が大学に行く時代だが……

 いま日本の大学進学率は約5割です。
 しかし、60年ほど前の昭和30年(1955)は、約8%にすぎませんでした。
 この半世紀で、飛躍的に進学率が上がりました。

 OECD加盟国の大学進学率の平均は、62%(2010年)。日本よりも10ポイントほど高くなっています。
 世界の中で最も高い国は、オーストラリアで96%。次いでアイスランド93%、ポルトガル89%、ポーランド84%、ニュージーランド80%となっています。スウェーデンやノルウェーは76%、アメリカは74%、イギリスは63%です。
 
 日本も50%を超えて “増えたなぁ” と思ったのですが、国際比較すると、まだまだといったところかも知れません。
 日本では、大学進学と親の収入との間に相関関係があることが知られています。俗っぽく言えば、お金持ちほど子供を大学に進学させやすい、というわけです。
 つまり、大学へ行くには(入学前の段階も含めて)大変お金がかかる、ということなのです。

 ところで、義務教育はもちろん無償なわけで、いまではほぼ100%の人たちが小中学校で学んでいます。
 ところが、戦前、あるいはもっとさかのぼって明治時代などでは、子供を小学校にやることは必ずしも好まれていませんでした。学校に行かすよりも働かせる方がよいと思っていた親が多数いたのです。

 よく知られた話ですが、明治27年(1894)和歌山県に生まれた松下幸之助(パナソニック創業者)は、小学校中退でした。幼くして、大阪に丁稚奉公に出されたのです。松下さんは大変すぐれた経営者なので、自伝などを読むと若い時分から優秀だったと思いますが、必ずしも小学校に行ける家庭状況ではなかったわけです。
 もっとも、松下さんの時代でも就学率は9割を超えています。その一方で、卒業できない児童も数割存在したようで、松下さんもその一人でした。

 また、現在の高校進学率は約95%もありますが、昭和30年(1955)は約5割にすぎませんでした。それが、半世紀の間に100%近くになったのです。


 50%の「ガラスの天井」 

 では、大学もこの先100%の進学率に近付くかというと、そうは考えられていないようです。
 吉川徹氏によると、大学進学率には50%で頭打ちになるという「ガラスの天井」があるそうです。
 なぜ50%で頭打ちになるかというと、「何が主たる原因なのか、いまのところ確定的なことはわかっていません」(『学歴分断社会』)。

 私は正直言って “頭打ちになるのかぁ” という、残念な感想です。
 ちょこっとですが大学教育にかかわっている一人として、やはり大学で教育を受けることには意義があると思っています。だから、できれば多くの高校生が大学に進んでほしいと願っているのです。

 かつて、大学レジャーランド論さえ唱えられましたが、やはり4年間「知的トレーニング」することは意味があると信じたい。だから、できれば大学でさまざまな専門分野に触れ、その知識を学び、学問的なものの見方や考え方を身につけてほしい--そう思うのでした。

 ただ、それをスムーズに行うために、少なくとも本人や家庭の経済的な負担は軽減してあげたい。できれば、社会がその面倒をみる、つまり公的に負担していく方向にしたい、と考えるのです。
 けれども、その際、<半分の人は大学に行って利益を得るのに、半分の人は大学進学せず直接利益を得ない>というのでは、不公平感が増しそう(もちろん間接的には利益を受けると思うのですが)。それを解消するため、大学進学率を7割、8割へとアップしていければ……と思うわけです。

 現在、公立の図書館は無料で利用できます。図書館法でそう定められているからです。国民が等しく本に接して教養をつけることは無料でできる--ここには国民的なコンセンサスがあるわけです。
 ついでに言えば、博物館も本来は無料で利用できるべきというのが、博物館法の精神です。有料のところが多いのは、やむを得ない事情(つまり財政事情)から徴収しているわけです。

 これと同じ考え方で、誰もが大学等で高等教育を受けられる社会を作れないものでしょうか。

 というと、結局は財政の問題だよねぇ、という話になりそうです。
 ん~、無理なんでしょうか、大学進学率の上昇は。
 ムズカシイ問題ですね。




 【参考文献】
 吉川徹『学歴分断社会』ちくま新書、2009年
 本田由紀『教育の職業的意義』ちくま新書、2009年


【大学の窓】勤労感謝の日に、大学教育を考える

大学の窓




大学キャンパス


 生産財としての学位と消費財としての学位

 今日は勤労感謝の日ですね。
 昔風に言うと、新嘗祭(にいなめさい)ですか。1年の収穫を感謝する日。祝日ということで、お休みの方も多いでしょう。

 少し回顧的になりますが、私は今の仕事に就い、てそろそろ四半世紀になろうとしています。
 世間的には「ベテラン」の類かも知れませんが、自分ではそういう気にはなれません。

 私は、大学の学部(文学部)を出たあと、大学院の修士課程に進み、さらに博士課程に入ったのですが、その途中で今の職に就きました。大学院を中退して就職したわけですが、当時から院生の就職口はたくさんあるわけではなかったのです。
 それでも、先輩や後輩で同業者になった人は多く、現在に比べると、就職はしやすかったのだと思います。ちょうどバブル期から、その直後くらいの時期でしたので。

 当時、大学進学率は30%程度でしたが、現在は約50%です。大学院に進む人も多いのですが、みな職探しには苦労している様子です。

 たまたま読んでいた上野千鶴子さんの『サヨナラ、学校化社会』(ちくま文庫)--少し古くて2002年の刊行ですがーーに、「学位インフレ時代」という言葉が紹介されていました。
 「修士号・博士号の取得者が増えて、学位の市場価値が下がってしまう時代。ひらたく言えば、学位を持っていてもどこにも就職できない人が増加する時代」(同書の注より)なのだそうです(131頁)。

 15年ほど前の著書にこういう指摘がすでにあり、上野氏自身は20年近く前から言われていたようです。

 さらに、上野氏は、学位を<生産財としての学位><消費財としての学位>に分けます。
 職業を獲得する手段になるのが、生産財としての学位。
 そうならないのが消費財としての学位。こちらは「学位を得ること自体が自己目的になる」というものです。つまり、例えば授業を受けていて、それ自体が楽しい、おもしろい、ためになる、という感覚を得られる、といったことですね。

 この点から言えば、就職につながらない修士・博士号は、生産財の学位であろうとして、そうなれなかったものを意味します。
 これは、学部卒の学士についても似たようなものでしょう。大学時代の後半2年間が就活タイムと化し、大卒という称号(?)が職業を得るための手段になっているわけです。

 一方で、上野氏が指摘するように、社会人入学が増え、学位=就職と結び付けない学生が増加すると、生産財としての学位は無意味になってきます。逆に、彼らは、消費財としての学位を求めるのです。
 そうなると、大学(院)の教育の質そのものが問われるようになってきます。そのとき、現在の大学は彼らの期待に応えられるのか?
 
 そこで私は、大学院に通ったことのある社会人にずいぶん取材しました。そういう人に会うたびにつかまえては、満足度はどうでしたかということを聞いてみた。

 そうすると、「若い人にまじって勉強するのが学生時代に返ったみたいでうれしい」とか、「学食(学生食堂)が新鮮」とかいろいろおっしゃるわけですが、そういう体験はどれも教育の周辺利益です。

 周辺ではなく核心ーーつまり、学校という制度が提供できる商品は授業であり、学校という制度のインフラは教育者という人材とカリキュラムですから、それに満足できましたか、ということを食い下がって聞くと、私が大学側の人間だということに遠慮してか、返事があいまいになっていく。
 (中略)
 ある私学の大学院の授業料は年間百万円だそうです。二年間で二百万円。それだけの金を使って修士号をとられたあるかたが、「私は修士号をとりましたが、そのための投資の二百万円に見合うとは思えません」とハッキリおっしゃいました。(133-134頁) 


 こういう認識から、「学校は授業で勝負せよ」、つまり教育自体の質を高めよという考え方につながっていくのです。

 大学校舎


 学生と教師の共犯関係

 日本の大学では、自分自身で研究を行っている研究者が、学生を指導する教育者でもあります。
 言い換えれば、大学教員=研究者+教育者なのです。

 笑ってはいけませんよ、大学の先生は教育者! でもあるのです。
 でも、教育に対してよりも研究に対して熱心な人が多いように見受けられます。そして、それが悪いことだと思われている節はなく、むしろ推奨(?)されているようにも思えます。

 これはたぶん、大学教育を消費財として捉える学生が少数派で、多くの学生は生産財=就職の手段だと捉えていたからだと思います。少なくとも、これまでは。

 大学(教育)を生産財=就職の手段と割り切ってしまえば、授業は手ぬるい方が有り難い。「楽勝」大歓迎!
 学生と教師の “共犯関係” が成立していたのですね。

 ところが、相手が社会人学生となると、これはもう勉強に真剣、勉学自体が目的ですから、共犯関係は成り立たないことになります。
 
 そこで、日本の大学に社会人学生がどれだけいるのか調べてみました。
 文部科学省の資料によると、4年制大学に占める25歳以上の入学者の割合は、わずか1.9%だそうです(2012年)。
 国際比較では、アメリカ約24%、イギリス約19%など、OECD各国の平均は18.1%です。いかに日本が低いかが分かります。

 また、大学院での比率は、18.2%です(2014年)。

 なんだか、まだまだ共犯関係が続きそうな気配が……

 毎年のことですが、1年の授業が終わりに近付いてくると、指導力不足で自責の念にかられる私です。
 他人のことをあげつらう前に、自分の教育力をアップするのが先のようです。




 【参考文献】
 上野千鶴子『サヨナラ、学校化社会』ちくま文庫、2008年
 「社会人の学び直しに関する現状等について」文部科学省、2015年


【大学の窓】大学のアウトリーチと写真の見方

大学の窓




清水寺


 大学のアウトリーチ活動

 今日は、私の勤務する博物館と、関西のK大学の付属博物館とで連携講座を行いました。

 3回連続の初回は私が担当で、前々回紹介した本山彦一(大阪毎日新聞社長)の新聞事業と考古学のかかわりについて話しました。

 大阪の新聞社は、明治時代から、人気投票のような読者参加型の企画や、紙面とイベントを連動して販売促進する “メディアイベント” を盛んに行ってきました。
 大阪毎日が、明治33年(1900)に行った俳優の人気投票などは、数百万もの票が投じられ、投票用紙は新聞についているので、おそろしいほどの販売促進になったのです。現在のAKB「総選挙」と同じですね! 百年も前からやっていたとは ! !
 そして、毎日がこれをやったら、他紙が “邪道だ” と批判して、論戦になりました。こういう構図も、なんか今っぽいですね。

 もうお分かりのように、現在、朝・毎両紙が主催している高校野球は、このメディアイベントの最も成功した例なのです。

 今日の話は、考古学の発掘もメディアイベント的な側面があったけれども、そのことが考古学への援助につながり、学問の発展にも寄与し、社会にも知識を広めることができた--というものでした。

 本山彦一
 採集旅行中の本山彦一(『松陰本山彦一翁』)

 このような講座は、大学が学外の市民に対して学術を普及するという意味で、いわゆるアウトリーチ活動として捉えられます。

 アウトリーチとは、あまり耳なじみのない言葉かも知れません。

 文部科学省が定義するアウトリーチ活動とは、

国民の研究活動・科学技術への興味や関心を高め、かつ国民との双方向的な対話を通じて国民のニーズを研究者が共有するため、研究者自身が国民一般に対して行う双方向的なコミュニケーション活動を指します。

 とされています。

 まあ、国もこんな文章を書いているうちは、「国民一般」とコミュニケーション出来ないだろうという話は別として……
 多くの方々に、大学で研究されている学問内容を分かりやすく伝えることは、とてもよいことですね。

 先日のノーベル医学・生理学賞でも、大隅良典氏の「オートファジー」が、何のことやらよく分からなかったですからね、解説を聞くまでは(聞いても分からん、という話もありますが……)。


 秋学期の授業、はじまる

 そんななか、非常勤でうかがっている京都の上京大学(仮称)の秋学期も始まりました。
 私は、1回生の演習科目を指導しています。2つのグループがあって、「写真」と「繁華街」をそれぞれテーマにしています。

 先週は、秋の初回だったのですが、夏休みの様子を聞いてみました。
 各自、問題意識を持って調査してもらったようです。

 やはり、写真の研究は難しそうですね。
 1枚の写真を前にして、どう分析していったらよいのか困るでしょう。

 学生に心掛けてほしい写真の見方は、まず、

 “5W1Hを考える”
 
 というものです。

 5W1Hとは、

 ・いつ(when)
 ・どこで(where)
 ・だれが(who)
 ・なにを(what)
 ・なぜ(why)
 ・どのように(how)

 ですね。

 新聞記事の書き方の基本事項などで、よく目にします。

 写真を見る際にも、5W1Hを意識すると、うまくいきます。

 ・いつ撮影されたのか?(撮影時期)
 ・どこで撮影したのか?(撮影場所)
 ・だれが撮影したのか?(撮影者)
 ・なにを撮影したのか?(被写体)
 ・なぜ撮影したのか?(撮影目的)
 ・どのように撮影したのか?(レンズ、フィルム、露出、アングル等)

 これらひとつひとつを調べて確定させ、さらにその関係を考えていきます。
 そうすることで、“この写真は何なのか” ということが分かって来るはずです。

四条大橋

 例えば、このような写真。

 まず、どこか?
 これは比較的簡単に分かるでしょうか。

 大きな川が写っているから……
 そうです、四条大橋ですね。

 では、いつか?
 判定するには、景観年代といって、写っているもの、あるいは「写っていないもの」から判断する方法があります。
 遠景に山並みがあり、これは東山でしょう。つまり、西から東を向いて撮影しています。
 すると、橋の向こうには、現在なら南座(南側)と菊水ビル(北側)があるはずです。でも、菊水ビルは明らかにありませんね。
 菊水ビルは、昭和2年(1927)竣工ですから、それより古い写真ということになります。
 こういうふうに、範囲を狭めていきます。

 あと、季節を判定する、撮影時刻を判定する、ということもできますか?

 人物の服装や、影の方向、長さを見てみてください。

 こんな具合に、5W1Hをひとつずつ調べていって、この写真がどういった写真なのかを明らかにするわけです。
 
 ちなみに、上の写真は、大正4年(1915)に京都市が発行した『新撰京都名勝誌』掲載の「四条大橋」という写真でした。
 写真の四条大橋は、大正2年(1913)3月に完成したもので、架橋されてまだ新しいもの。なんとなく綺麗に写っているのも納得できます。

 同じ場所を撮影した他の写真と比べてみると、もっといろいろなことが分かって来るでしょう。

 来週の授業では、こんなことを学生に話そうかな、と思ったりするのでした。




 【参考文献】
 『新撰京都名勝誌』京都市役所、1913年
 『松陰本山彦一翁』大阪毎日新聞社ほか、1937年


【大学の窓】夏休み、職場に大学生を迎えて

大学の窓




フィルム



 博物館実習で映像フィルムを語る

 世間は、お盆、夏休みというのに、ここのところそれなりに忙しくしています。
 ちょっとした仕事が入ったせいもありますが、盆明けには例年、職場の博物館で、大学生の実習を受け入れるためです。
 教員実習の博物館版と思っていただければよいでしょう。
 学芸員の資格を取るためには、大学で所定の単位を取得し、この博物館実習(館園実習)を行わなければならないのです。

 もっとも、なかなか本物の仕事をやってもらうわけにもいかないので、博物館資料を触ってもらったり、展示作業のまねごとをやってもらったり、保存処理の現場を見に行ったり、まぁ、1週間、博物館でお勉強してもらう、というものです。

 私は、自分の授業も担当するのですが、今年は全体のお世話役もやっているので、毎日学生に「○○してくださ~い」みたいな感じですね。出席を取ったり、引率したり。

 それで、今日は自分の授業がある日です。
 昨日、配布資料も作りました。内容は何かというと、私は近現代史担当なので≪博物館の近代資料≫がテーマになりますが、今回は<映像フィルム>に絞ったお話です。
 いわゆる8ミリフィルムとか16ミリフィルムとかいう、懐かしいやつですね。いまふうに言うと、動画です。

 フィルム缶

 博物館で扱う昔の映像フィルムというと、およそ昭和初期から高度成長期頃のものでしょうか。大正より古いものが出てきたら、これはちょっと貴重。なぜなら、その時期には一般市民に映像フィルムが普及していなかった時期ですから、そのフィルムは撮影所でキチンと撮った映画作品である可能性が高いからです。

 ところが、昭和に入ると、一般市民もカメラを手にすることが可能になり、動画を撮影するようになります。

 映像フィルムのサイズは、主に、8mm、9.5mm、16mm、35mm、70mmがあります。
 映画館で見る映画のフィルムは、35mmです(特殊なケースで70mm)。
 学校でかつて使った教育映画などは、少し落ちて、16mmです。
 戦後、お父さんたちが盛んに撮った一般用が、8mmです。8mmは、昭和初期からあり、コダックなどはカラーフィルムも出していました。また、16mmを一般の人が撮るケースもあったのです。


 変わったサイズ、9.5mmフィルム

 みなさんご存知ないのは、9.5mmでしょうか。
 フランスのパテ社が主に流通させていたサイズです(ちなみに「パテ」は人名です)。

 日本でお馴染みのパテといえば、家庭用の存在で、出来合いの娯楽フィルム(いわば映像ソフト)を買ってきて、小型映写機で家のふすまに映写する、みたいなイメージです。もちろん、生フィルムを買って自分で撮影することもできました。カメラも小さくて、だいたい15cm角ほどのボックス型のカメラですね。「パテ・ベビー」という商品です。

 9.5mmフィルムの見た目の特徴は、フィルムをコマ送りする穴(パーフォレーション)がフィルム中央にドーンと開いている、というもの(他のサイズのパーフォレーションはフィルムの端にあります)。
 あと、パテ社のマークはニワトリ(雄鶏)なので、フィルムの缶などにニワトリマークが付いていたら、9.5mmですね。もしかすると、ルコック社かも知れませんが(笑)

 そんな感じで、私の職場のフィルムにも、8mm、9.5mm、16mmがあり、一般の人が撮影した映像が記録されています。
 旅行とか家族とかを撮ったものが多くて、事件事故を扱ったニュース映画とは趣を異にします。当たり前のように、プライベートな映像が多いのですね。旅館で仲居さんを侍らせてお酒を飲んでいる映像とか…(笑)

 フィルム

 こんな私的映像が、どういう価値を持つのか? 実のところ私もまだ考え中なのです。
 一昨年(平成26年度)、記録映画保存センターが行った調査によると、全国341の博物館、美術館、公文書館、視聴覚ライブラリー等に、約16万本の映像フィルムが所蔵されていることが分かりました。

 16万本!

 その中心は、戦後の高度成長期に撮影されたフィルムのようですが、この数は想像を超えています。
 これは博物館やアーカイブ的な公的施設に残されている数ですから、他の官公庁や民間の会社、さらには放送局などに残っているものを調べたら、どんな数になるのか? そして、個人の家庭には!

 古い映像フィルムについて、どのように調査し、保存し、活用するかは、私たち博物館関係者にとっては、今後の大きな課題です。
 おそらく、私たちの次の世代、つまり今日来ている大学生たちの世代が真剣に取り組むことになるだろう。そんな予感がしています。

 授業が終わって。
 やはり、いまの大学生は、ほとんど8mmフィルムの存在を知らないようでした。
 昭和は遠くなりにけり、ですね。




 【参考文献】
 「全国文化施設・映画フィルム所蔵調査」(記録映画保存センター ウェブサイト)