05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
MENU

NEW ARRIVAL

PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

寺社周辺の景観を保全すること

その他




梨木神社


 制度導入に向かう

 京都市は、主要な寺社の隣接地や、周辺地域の新築・改築に対して、事前協議を義務付ける制度の導入を検討していると、京都新聞が報じています。

 対象となる寺社は、上賀茂神社、銀閣寺、大徳寺、建仁寺などの主要27か所。
 これらの境内や参道に面した民有地で新築・改築する場合や、近隣500m以内で大規模な新築・改築(床面積2000㎡以上)を行う場合、事前協議を必要とするというものです。

 京都市では、平成26(2014)年度から、歴史的景観保全について施策の検討を進めていました。
 今回(28年度)、3年を経て、具体的施策の素案が作成されたというわけです。
 新年度以降は、市民や寺社などと調整を図っていくということです。


 崩れる景観例が影響
 
 市がまとめた「歴史的景観の保全に関する取組方針」によると、京都市では昭和初期から風致地区を導入し、戦後も建物の高さ制限や屋外広告の規制など、景観保全に取り組んできました。守られてきた歴史的景観は「京都らしさ」を形作っています。
 
 一方で、ここ数年、市内の寺社境内や周辺で、さまざまな改築が続いています。
 報告書には、「京都御苑東側の梨木神社敷地におけるマンション計画」、「哲学の道・法然院前の保養所跡地における宅地開発計画」、「出世稲荷神社の移転」、「仁和寺門前のガソリンスタンド・コンビニエンスストア計画」が顕著な事例として上げられています。
 もちろん、記載はありませんが、大きな話題を呼んだ “下鴨神社におけるマンション計画” もここに含まれるでしょう。

 こういった事例が「寺社や離宮、歴史的町並みなどの『歴史的資産』」を損なうことを危惧し、「参道や門前などの周辺の町並みとが一体となっている歴史的景観を保全する」施策を検討してきました。

 この施策が実現すると、境内の真横にマンションが建ったり、門前にコンビニが出来ることを防げます。
 また、歴史的な建造物をさえぎる大きなビルの建設も行いづらくなるでしょう。

 今はまだ検討途上であり、今後1年の動向を注視していきたいと思います。




 【参考文献】
 「歴史的景観の保全に関する取組方針」京都市、2016年12月



スポンサーサイト

【新聞から】卒業式の式辞に思う

その他




京都大学


 京都大学の卒業式

 京都を代表する大学と言えば、やはり京都大学。
 そのため、京大の卒業式は新聞記事やテレビニュースになります。今年(2017年)も、3月24日に行われた卒業式は、京都新聞に報道されていました。

 記事やニュースの内容は、毎年似通っていて、奇妙な扮装をした卒業生がいること! と、総長がどういう式辞を述べたかということです。
 今年は、朴槿恵前大統領や安倍総理に扮した学生がいたそうです。トランプ大統領はいなかったのですかね(笑)

 京大の現在の総長は、山極寿一氏です。専門は霊長類学。京大の伝統ある学問分野のひとつですね。

 新聞には、山極総長が、英国のブレグジットやトランプ大統領誕生など、激動する世界情勢について触れ、オルテガ・イ・ガセットの「生はすべて、いやでも応でも自分自身を弁明しなければならない」という言葉を引いて、生きる力を養うことの重要性を述べた、と書かれています。

 また、式辞の最後は、「京都大学は「地球社会の調和ある共存」を達成すべき大きなテーマに掲げているが、現代はその調和が崩れ、多様な考えを持つ人々の共存が危うい時代だ。世界のあちこちでこの課題に出合うと思うが、大学での経験を生かし、果敢に向き合ってほしい」と締めくくったそうです。
 実は、このくだりは昨年度の卒業式でも述べられていたようで、山極総長にとっては学生にぜひ伝えたいことなのでしょう。


 激動する世界のなかで

 京大の卒業式が行われた前々夜も、英国の国会議事堂前でテロリストによる凶行があり、数名の犠牲者が出たばかりでした。
 山極総長の言う「地球社会の調和ある共存」をどうすれば実現できるのか、私たちは日々重い課題を突き付けられています。

 昨年の式辞で、山極総長は、自分の学生時代は1970年代で、大阪で日本万国博覧会が開催されたと述べられています。

 その万博のテーマが、「人類の進歩と調和」でした。

 私は、15年ほど前、つまり万博から30年後に、万博を振り返る展覧会を開催しました。
 そのとき感じたのは、人類は確かに「進歩」したけれど、その「調和」は達成されたのだろうか? という思いでした。
 万博で夢見た未来社会は、多くの面で実際のものとなりましたが、世界の国家、民族、宗教などの対立は止むことを知りません。いまからすると、三波春夫が唄った「世界の国からこんにちは」という歌が、牧歌的にさえ聞こえます。

 関西で歴史学を学んでいる私にとって、今日世界に拡がっている貧困や移民といった問題は、これまで、そして現在も、私たちが暮らす地域が抱えている課題です。

 一昨日、英国でテロを起こした男性は、いわゆるホーム・グロウン・テロリスト(自国内で生まれ育ってテロリストになった人)だと言われています。欧州における異なる宗教や民族の対立、社会の分断というテーマは、私たちが従前から取り組み続けてきたものであり、現在も考えなければならない課題です。
 最近、自分のなかで、それらのことがひとつに結び付いて来て、欧州や米国で起こっていることは “対岸の火事” とは片付けられないものになっています。

 私自身も日々勉強ですが、若い学生や社会人たちにも、過去に経験されて来たさまざまなことと、現在起っているさまざまなことを伝えていかなければならないという思いを強くしています。

 3月から、4月へ。
 この世界のなかで「調和ある共存」へ向けての模索と格闘が続きそうです。



2年ぶり、たくさん雪が積もった1月15日

その他




雪の日


 2015年1月以来の10cm超え

 この1月15日(2017年)、日曜日の朝でしたが、京都市内はかなり積雪しました。

 雪の路地
  路地にはかなりの雪が…(2017年1月15日午後撮影)

 前日の土曜日、私は仕事だったのですが、昼間うっすらと積雪し、夜になって降雪が強くなってきました。
 日曜日の朝、あたりは銀世界になりました。

 その日、全国にテレビ中継された女子駅伝は、放送事故 ? ! と思われるほど、画面が真っ白になる--それほど激しく降りましたね。

 気象台の観測値では、京都市内で14cmの積雪が観測されたそうです。
 京都地方気象台は中京区西ノ京にあります。私のところはそれより北にあるのですが、積もった雪を測ってみると約10cmでした。
 気象台の方が、きっちりと積もって? 観測できるのでしょうか。

 気象観測では、1日あたりの「降雪の深さ」というデータを出しています。
 「積雪」というと、累積して積もった高さになりますが、降雪はまさに降った量です。

 京都地方気象台ウェブサイトで、京都市の「降雪の深さ 日合計」というのを見てみます。
 昭和28年(1953)年1月から観測されています。

 それによると、今回の14cmという値は、7位タイということになり、それなりの大雪だったようです。

 雪の街路
   街路も白くなる

 もっとも、一昨年(2015年)の元旦と1月2日は、久々にドカーンと雪が降り、元日が16cm、2日が17cmでした。これは、観測史上、3位と2位の数値です。

 ちなみに、1位は昭和29年(1954)1月26日の32cm! ということです。


 降雪の深さベストテン 

 1日で降った降雪の観測値ベストテンを改めて掲出してみます。

 1位  32cm  1954年1月26日
 2位  17cm  2015年1月2日
 3位  16cm  2015年1月1日、1993年2月2日
 5位  15cm  1962年1月23日、1957年3月15日
 7位  14cm  2017年1月15日、1997年1月22日、
          1994年2月12日、1984年1月29日 


 私の印象では、子供の頃や高校時代は、現在より雪が降った印象が強いのです。1970年代から80年代ですが、記録的にはあまり積もっていないようなのです。まぁ、気象台の場所と私の育った北区は若干積もり方も違うから、違和感もあるのでしょうか。

 ちなみに、私自身の記録でここ数年を振り返ってみると……

 2014年は、1月19日に3cmほど積り、この日は大阪でも積雪があったようです(珍しいです)。しかし、その後はあまり積もらず、2月に2度ほど積雪し、そのうち1度は4cmほど積もっています。
 2015年は、元日から記録的な降雪で、午前中10cm位のものが、夜には15cmほどまで積もりました。翌日、一旦解け始めた雪ですが、夜からまた降り出し、3日の朝も15cmほどの積雪でした。ただ、このあとは1月、2月とうっすら積もる日が数日あった程度でした。しかし、3月24日という遅い時期にも少し積もったようです。
 2016年は、1月20日に4cmほど。そのあとは1月下旬と3月1日に少しだけ積もりました。

 これは、私の手控えの記録なので、間違いもあるかも知れません。
 公式な観測値は、京都地方気象台のウェブサイトをご覧ください。

 それにしても、このようにみると、うっすらと路面や屋根に積もることは毎年ありますが、10cm以上になるのは稀なようです。
 そういう意味で、今回の降雪は “大雪” と言ってよい降りだったようです。

 雪のお地蔵さん
   お地蔵さんにも雪が積もる

 ちなみに、寒さの話については、以前このブログでもまとめましたので、ご参照ください。

 記事は、こちら! ⇒ <京の“底冷え”も、今は昔?>




2017年を「論壇」をめぐる言説から占うと……

その他




  中央公論  『中央公論』2017年1月号


 論壇から140文字の時代へ?

 2017年がスタートしました。
 本年も、よろしくお願い申し上げます。

 年末年始、少し充電しながら、年越しと迎春という時期のせいか、日本の、そして世界の来し方行く末について思いを巡らせました。
 そう言うと、ちょっと大袈裟ですが、変化が激しい世界情勢などを見ていると、どうしてもそんな気分になってきます。

 年明けの報道で話題になっているのは、やはりトランプ次期大統領。
 トヨタのメキシコ工場建設を批判したり、名女優メリル・ストリープに反論したりと、喧しい。その発信に彼が使っているのが、ツイッター。つぶやくや否や、世界中にその言葉が拡がります。
 トランプ氏は記者会見をせず、140字の一方的な発信しかしないという点が、政界やジャーナリズムからも批判されるようになってきました(ついに先日会見したようですが)。“140字の世界” は、まさに今日的な問題と言えるでしょう。

 雑誌『中央公論』1月号は、「論壇の岐路」という特集を組んでいます。
 明治20年(1887)、京都・西本願寺系の学生が発行した『反省会雑誌』から出発した『中央公論』は、戦前から日本を代表する総合雑誌で、今年130周年を迎えます。現存する国内の雑誌としては最長寿だそうです(同誌による)が、ルーツは京都にあったわけですね。
 言論界をリードしてきた老舗雑誌です。

 今号の特集は「論壇の岐路」ですが、論壇という言葉自体、あまり耳にしなくなったので、一応辞書の定義を確認しておきましょう。

 論壇(ろんだん)
 1 議論をたたかわせるために設けられた壇。論争の場所。演壇。
 2 言論界。 (『辞林21』三省堂)


 1の意味は、具体的な場所を指しており、それが転じて2になったのでしょう。
 いずれにせよ、議論をたたかわせる場が論壇ということで、論文等が掲載される雑誌も論壇になるわけです。

 特集は、山崎正和氏の寄稿「『論壇』の危機と回復への曙光」にはじまり、松岡正剛氏と佐藤優氏の対談、宇野重規・湯浅誠・渡辺靖の3氏の鼎談、そして15人の言論人からの提言などから構成されています。


 タコツボ化! 

 「言論人からの15の提言」は、いろいろな見解が披露されていて面白く読めました。
 そのなかで、複数の方が使っている言葉もあって、そのひとつが「タコツボ化」。

 批評家の東浩紀氏は、1990年代までは「論壇は元気だったように思う」と述べた後で、次のように指摘しています。

 しかし、論壇誌のいくつかは休刊となり、かつての活気はなくなってしまった。それはなぜか?
 原因は、保守に対抗するリベラルの軸がなくなったことに尽きる。2000年代に入ると、かつて活発だったリベラルの研究者、作家がそれぞれの現場に撤退し、タコツボ化してしまった。その結果、リベラルは全体を論じることができなくなり、部分しか語ることができなくなってしまった。(132ページ)


 対極の保守論壇が、差別的主張に走るなど問題を抱えながらも、「大きなヴィジョン、国家観を提示することに挑戦している」のに比べれば……、ということです。

 他方、現在のリベラル陣営は、それぞれの研究現場、たとえば労働問題や女性問題などの世界に引きこもってしまった。現場に寄り添うことで個々の声をよく拾えるようになったのは評価できる。しかし、政治はトレードオフで、ある人々を救済すれば、もう片方の人々は割りを食う。リベラルは、あらゆる弱者の声に寄り添おうとした結果、自己矛盾に陥ってしまった。一つの問題は語れても、大きなテーマを論じることができなくなってしまったのだ。(132-133ページ)

 これは、もう、専門家の世界の末端にいる私には、よく分かる指摘ですね。
 もともと、ほとんどの学者は自分の専門領域にしか関心がなく、そのため専門分化した学術雑誌にだけ投稿し、『中央公論』などの総合雑誌には寄稿しなかったわけです。ただ、一部の優れた学者たちは、東氏が言う「大きなヴィジョン、国家観」などにも関心を持って論壇に上がっていたのでした。
 近年、研究の細分化がますます進み、また研究者をめぐる環境も変化して、専門世界以外での発言をする必要性、モチベーションが感じられなくなってきたのでしょう。

 若手の国際政治学者・三浦瑠璃氏は、同じタコツボ化という言葉を別の文脈で使っています。

 最近の事例を見れば、トランプ大統領の誕生には、世界的な意味での論壇の危機という側面があったと思っています。同氏は米国において一定の民意を救い上げることに成功したけれど、それは、多様性の尊重や寛容の精神など、民主主義が築き上げてきたものを犠牲にするものでもありました。
 つまり、民主主義の機能不全に先立つものとして、責任ある市民同士の対話が成立していなかった。そのためにも、現代において論壇は、“社会の蛸壺化”に、特に抗う存在でなければならないのです。(157ページ)


 論壇のタコツボ化ではなく、「社会の蛸壺化」? ! 
 三浦氏は、なぜ社会が蛸壺化するかという点について、社会が成熟するにしたがって蛸壺化は進むものであるとしながら、現代社会において富が「専門知の集中」から生み出されることが蛸壺化を進めていると指摘しています。
 加えて、インターネットやSNSなどが対話のあり方を変えているせいだとも指摘します。

 平たく言えば、お金もうけをするとき、昔は工場で大勢の労働者を雇って機械を動かしていたけれど、現在では専門的な知識を高度に活用してビジネスをしなければならなくなった。つまり、カラダを使うよりアタマを使って金もうけするから、各人が知っていることのジャンルがバラバラになる。だから、共通理解ができなくなって、タコツボ化する、という理屈です。
 タコツボ化とは、それぞれの棲息領域が異なる、ということなのです。

 たとえば、私はコンピュータなどITに詳しくありませんが、それに詳しい人はたくさんいます。詳しい人は専門用語をいっぱい使って会話してきますから、私は全く理解できません。これがタコツボ化です。

 三浦氏は、このような社会状況を踏まえて、論壇やメディアは「蛸壺化に抗う存在」であるべきだと述べています。


 ポピュリズム?

 経済学者の猪木武徳氏は、違った表現でこの状況を述べています。

 少し専門的な論考になると、難しい、面白くない、という理由で歓迎されない。誰にでもすぐわかる短いものが求められる。しかし複雑な人間と社会をめぐる議論は、簡単に結論の出る「面白いもの」ばかりではないはずだ。で、結論は何ですか、と問いたがる読者の性急さにも、自分で答えを探ろうという粘り強さの欠如を感じる。
 批判精神が薄弱になり、党派性も強くなり、意見の違いを認めたうえで自由に議論をしようという寛容さがなくなった。異論・反論のないところに進歩はない。(136ページ) 


 先ほどの流れに引き付けて言えば、世の中がタコツボ化したため、自分が知らないジャンル、事象が多くなった。そのため「ムズカシイ」と感じる事柄も増えてきて、それをスルーする(無視する)ようになった、ということでしょうか。
 もちろん、昔から『中央公論』や『世界』や『文藝春秋』を読んで、粘り強く自分で答えを求めようとした人は、そう多くはなかったでしょう。でも、いまはさらにその数が減ったということかも知れません。

 また、猪木氏は、トランプ現象などを念頭に置きつつ、「安っぽい率直さが、理念を語ることを無力化してしまった」という危惧を述べています。至言です。

 140文字の率直な言葉が、ストレートに人々の言葉に染み込んでいく。それに慣れると、長い言葉を用いて、論理的に考えることをしなくなります。
 新聞や雑誌も、いわば飯を食うために、読者に好まれる記事を掲載する必要があります。猪木氏は、そうなると「公論(public opinion)としての議論や専門性」を避けて「読者の感情(popular sentiment)」に流れる傾向が生じる、と言います。

 ポピュリズムと言われる現代社会の難しい問題でしょうか。

 そもそも、論壇が成立するためには、「知識人と大衆」という図式が必要だと、社会学者・宮台真司氏は指摘します。
 「エネルギーはあるが方向性を知らない」大衆と、「規模は小さくエネルギーはないが方向性を知る」知識人が、一体化すれば社会全体が動く、という構図。知識人が論壇で意見を述べ、大衆をリードしていくわけです。
 しかし、宮台氏の見方では、この図式は1960年の安保闘争と1970年直前の学園闘争で崩れてしまったと言います。
 つまり、「知識人が当てにされなくなった」ということです。

 そして、現代では「感情的動員が巧みであれば、嘘八百でも道義的に不正でも人々を動員できるポピュリズム政治が常態化」したと指摘します(161ページ)。

 15人の論者の意見を読んでいると、日本の言論をめぐる難しい問題が浮き彫りになってきます。
 どうしてこんな状況になったのか、いろいろと思いはめぐりますが、長くなってきたので、それはまたいずれ。




 書 名  『世界』
 刊行者  中央公論新社
 


2016年の京都を振り返って - 私的感想など -

その他




建設工事


 大きなニュースがなかった、京都この1年

 2016年も年の瀬になりました。
 年々、年末感は薄れて来て、ふつうに仕事をしたまま、気が付けば年があらたまるという雰囲気でしょうか。

 京都新聞では、毎年1年間の10大ニュースを選んでいます。
 今年の第1位は、なんと「文化庁、京都に移転へ」。

 なんというのか、紋切り型で言うと “これが「京都のニュース」になるのが情けない” というやつでしょうか。世人の言う、何事にも醒めていて冷ややかな眼差しをそそぐ京都人なるものにとっては、<国の役所が1つ来たところで、何ということもない>という話になるのでしょう。

  文化庁移転看板

 ちなみに、昨年の第1位は「悲願34年、京都縦貫道全通」でした。なんだかローカルな話題だなぁ、と思ったけれど、文化庁移転よりはいいかも知れない。京都市ではなく、京都府という観点からいったら大きな事業の完成と言えるでしょうから。

 そして、縦貫道的な意味で、今年の第2位に入ったのが「北陸新幹線、小浜ー京都ルート決定」。
 京都府が推していた舞鶴ルートにならなかったのは残念な人もいるでしょうが、穏当な判断でした。
 もちろん、早くも、小浜-京都-新大阪という延伸自体も不要なんじゃないの? という声が出て来ました。ルート決定はしたけれど、今後も予断を許さないですね。


 変わりつつある街の印象 

 日頃、京都の街を歩いていて感じることは、ビルの改築が増えてきたなぁ、という印象です。
 河原町などは、表通りも裏の方も、結構ビル建設が盛んです。新京極をはじめ、各所でホテル建設も進んでいますね。

 昨年(2015年)、このブログでは、

  *中国人観光客の激増
  *消える鎮守の森
  *四条通の歩道拡幅
  *変る祇園祭 


 といった注目点をあげました。

 記事は、こちら! ⇒ <年末に、ちょっと振り返る 2015年の京都 - 極私的な感想など ->

 アジアを中心とする海外ツーリストの増加は、今年もとどまるところを知りません。この観光客増が、ホテル建設、ビル改築につながっているのでしょう。
 京都新聞の第4位も「京の外国人宿泊客300万人突破」です。市内観光客数も過去最高(5684万人)だったそうです。
 
 この傾向は、少なくとも2019年のラグビーW杯、2020年の東京五輪までは続くのでしょう。
 海外の方に京都の魅力が伝わることはうれしいこと。機を捉えれば、ビジネスチャンスにもなるでしょう。
 その一方で、すでに生じている問題や今後想定される懸念など、頭を悩ませることも少なくありません。

 素朴な感想なのですが、これだけ海外ツーリストが増えると分かっていたら、町並みをもっときっちり保存しておけばよかった、という気もします。
 もちろん、暮らしている方、仕事をしている方にとっては、住まいや仕事場を改築せざるを得ない場合もあるでしょう。昔から言われるように、生きた街なのですから “凍結保存” するわけにもいきません。
 それでも、戦後の高度成長期、そしてバブルの時期と、京都中心部の町並みは大きく変貌しました。

 ところが、それは中京・下京区の一部で、少し周囲に行くと、落着いた住宅地が続いているのが感じられます。

 その代表が、西陣です。
 西陣は、かつて京都第一の産業であった西陣織の産地として、殷盛を極めました。しかし、戦後はきもの離れの影響もあって、織屋さんなど諸業の衰えが進んできました。
 そのため、木造を含む町家が数多く残されました。もちろん、“文化財級” と言い得る江戸・明治の建物は稀ですが、新しいものであっても狭い街路の両側に低い二階屋が続く街並みは、心を落ち着かせる魅力があります。

 西陣の町並み

 西陣のエリアは、ざっくり言うと、上京区の西半分と捉えてもらえばよいと思います。範囲も、2~3km四方と程よいスケールです。

 2017年は、この西陣がリボーンするのではないでしょうか?

 私の考える京都は、

  古いけれど、新しい。
  狭いけれど、広い。
  ローカルだけれど、インターナショナル。 


 というものです。

<伝統>とは、古いものを墨守することではなく、絶えず変わりつづける営みです。
 2017年は、西陣がブレイクしそうな…… 1年になるでしょうか。


  旧西陣電話局