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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS朝日「京都ぶらり歴史探訪」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

西本願寺「飛雲閣」が見える場所





西本願寺飛雲閣(昭和3年)


 飛雲閣の特別公開

 先日(2013年4月13日~15日)、西本願寺で立教開宗記念法要が執り行われました。
 この法要では第24代・大谷光真門主が退任を表明されたこともあって、新聞などの報道で目にされた方もいらっしゃると思います。来年6月、35歳の光淳新門が後を継がれるそうです。私は真宗の門徒ではありませんが、自分よりかなり年若い新門が門主を継承されることに、やはり感慨を覚えます。

西本願寺

 その法要の折、ふだんは公開されていない堂宇がいくつか開かれましたので、拝見してきました。

 西本願寺

 公開されたのは、書院、経蔵、飛雲閣です。

西本願寺 書院

 経蔵に限りない興味を持っている私は、もちろん経蔵の内部公開が愉しみで出掛けたのですが、経蔵のことは再三書いていますので、ここでは見送っておきましょう。
 白書院もなかなか立派ですが、来られた皆さんのお目当ては、やはり国宝・飛雲閣のようでした。

 撮影禁止なので、冒頭には『京都名勝誌』(昭和3年)の挿図を掲げておきます。
 池に臨んで建てられた複雑な屋根を持つ三層楼。写真で見ると美しい気がしますし、実際に拝見すると奇異なる建物にも見えます。現在は、2層目の杉戸絵(三十六歌仙)が色鮮やかに復元されていて、それが殊更目を引きます。
 江戸時代から秀吉の聚楽第の遺構という説が伝わり、現在でも巷間そう言われることが多いのですが、もちろん確実視できるものではありません。建築史的にも否定的な意見が出されています。本願寺出版社が出している岡村喜史『西本願寺への誘い』にすら、考証した上で「秀吉が生前に破却した聚楽第の遺構が元和の火災[1617年]以降に本願寺に移築されたとする可能性は極めて低いであろう」と記されています。

西本願寺飛雲閣(昭和11年)
  飛雲閣 招賢殿(『京阪沿線の古建築』より)

 内部は非公開ですが、これは1層目の主室である招賢殿。写真は、框で高くなった7畳半の中段と、その奥2畳半の上段、さらに右手(北側)に3畳の上々段あり、明障子の入った花頭窓と付書院が見えています。
 全体に明障子を多く用い、池の光が反射して、内部は明るいことでしょう。襖などに雪柳図が描かれているので、柳の間とも呼ばれています。

 参考までに、藤原義一『京阪沿線の古建築』より、この建物の建築史的位置づけを引用しておきましょう。

 「飛雲閣は、桃山時代邸宅建築の一傾向を示すもので、既に鎌倉時代より建築界の中心が仏寺方面より住宅に移らんとし、早く室町時代には仏堂的邸宅とも云ふべき金閣・銀閣の出現あり、殊に金閣は三層楼としてはるか飛雲閣の先駆をなすものと云ひ得る。
 併し、飛雲閣は邸宅として既に完成の域に達したものであり、其外観に於ても種々独創的な意匠を行つてゐることも金閣の比ではない。即ち平面の変化に伴つて外観も変化に富み、屋根には反り屋根、波状形起[むく]り屋根あり、四注[寄棟のこと]、入母屋、唐破風あり、窓にも扉にも多種多様の意匠をこらし、時には蟇股・太瓶束・笈形等の彫刻を用ひてゐるが、全体として繊細な方柱に杮[こけら]の屋根が極めて軽快な釣合ひを保ち、初層の鴨居や第二層の手摺[てすり]の細い横線等の醸す軽い雰囲気は後世日本住宅の趨くところを暗示するかの如くである」 (『京阪沿線の古建築』)


 南から飛雲閣が見える

 ふだんは塀に隔てられて見ることができない飛雲閣。
 しかし、それは北側、つまり西本願寺側からの話で、南側からは見えるのです!

興正寺

 興正寺。真宗興正派の本山で、西本願寺の南に隣接しています。

 このお寺については、以前書いていますので、ご参照ください。 ⇒ <興正寺の経蔵が、デザイン&人間模様で、不思議と魅力的!>

興正寺

 この阿弥陀堂のあたりから北を見ると、間近に飛雲閣が見えるのです!

 写真掲載すると“覗き見”みたいなのでアップしませんが、冒頭写真の逆から見えるということですね。
 正面から見るに越したことはありませんが、せっかく来て見られないのも悔しいので、ぜひ興正寺さんにお詣りして、飛雲閣も眺めてみてください。



 西本願寺 飛雲閣(国宝)

 所在 京都市下京区堀川七条上る
 拝観 境内自由 飛雲閣は非公開(不定期に特別公開)
 交通 JR京都駅下車、徒歩約5分



 【参考文献】

 岡村喜史『西本願寺への誘い』本願寺出版社、2012年
 平井聖ほか『日本建築の鑑賞基礎知識』至文堂、1990年
 『京都名勝誌』京都市役所、1928年
 藤原義一『京阪沿線の古建築』京滋探遊会、1936年


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コメント

No title

偶然に先生のblogを発見し、少し読ませて頂きました。私は川端康成の『古都』を読んでて京都の山紫水明や王朝風雅や年中行事のことを憧れるようになったから京都にやってきました。二年間の間に京都のほとんどの名勝地は訪れたと思いましたが、ここの記事を読んで自分はただの観光にすぎなかったことを気づきました。もっと深い歴史と文化がそこにありますね。
京都の歴史をこのblogを通して教えて頂いてありがとうございます、読んで分かるようになってすごく面白く思います。拙い言葉でコメントを残させて頂いて失礼致しました。

Re: No title

春雨楼頭 様

ブログお読みいただき、ありがとうございます。
私自身、いろいろと勉強しながら、皆さんのご参考になるような話題をと心掛けております。
今後とも、お読みいただけましたら嬉しい限りです。
取り急ぎ御礼まで。

   船越
非公開コメント